東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1099号 判決 1962年2月22日
判 決
東京都千代田区大手町一丁目四番地
控訴人
片倉チッカリン株式会社
右代表者代表取締役
鷲見保佑
右訴訟代理人弁護士
菅野次郎
東京都千代田区永田町二丁目一番地
被控訴人
勝又岩男
東京都新宿区市ケ谷富久町六〇番地
被控訴人
長尾高義
右両名訴訟代理人弁護士
紅露昭
同
大久保
右当事者間の約束手形金請求控訴事件につき、当裁判所は、昭和三六年四月六日終結した口頭弁論に基いて次のとおり判決する。
主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、左に記載するほか原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
一、控訴代理人は、従前の主張(原判決事実摘示中被告の答弁(二))を訂正し、且つ新抗弁を追加して次のとおり述べた。
(一)、本件約束手形二通は、控訴人が従来主張してきたように、昭和二六年一一月頃訴外日本チッカリン肥料株式会社(以下単に日本チッカリンという。なお、控訴会社は被控訴人主張の日時同会社と合併したものである。)が訴外大栄興業株式会社(以下単に大栄興業という。)から借り受けた融通手形の見返りとして振り出したものであつて、振出日および満期日を白地としたのは、右借受けにかかる融通手形について日本チッカリンに債務不履行があつた場合に大栄興業が右白地部分を補充して手形上の権利を行使し得る権限を同会社に与えたためである。すなわち、右補充権の授与は日本チッカリンの債務不履行を停止条件としてなされたものであつた。ところで、日本チッカリンは右融通手形の割引を受けて金融を得たが、その融通手形の各満期前に各手形金を大栄興業に交付してこれを決済させたから、同会社は本件右手形についてついに補充権を取得するに至らなかつたのである。
そこで、大栄興業は、本件各手形を直ちに日本チッカリンに返還すべきであつたにもかかわらずこれを怠り、そのまま金庫の中にしまい忘れていたところ、その後五年余を経過した昭和三一年暮頃なんら権限のない訴外大磯次郎が右各手形を前記金庫から持ち出し、ほしいままに大栄興業代表取締役星光の印章を不正に使用して裏書を偽造し、白地部分未補充のまま被控訴人勝又に譲渡し、同被控訴人は昭和三二年四月七日第一の手形の白地部分をほしいままに同被控訴人主張の日付に補充し、その後同年七月下旬頃被控訴人勝又は第二の手形を被控訴人長尾に譲渡し、同被控訴人はその頃第二の手形の白地部分をほしいままに同被控訴人主張の日付に補充したものである。
(二)、右に述べたように、本件手形二通は、所持人である大栄興業が被控訴人勝又に裏書譲渡したものでなく、なんら権限のない大磯次郎が本件手形を不法に領得し右会社の代表取締役の裏書を偽造のうえ被控訴人勝又に交付したものであるから、白地補充の当否を問題とするまでもなく、また、被控訴人らの善意悪意を問わず、同人らは振出人たる控訴人に対する手形上の権利を取得し得ないものというべきである。
(三)、なお、控訴会社が大栄興業に対し本件手形の返還請求権を有することは(一)で述べたところによつて明らかであり、また(二)で述べたように、大栄興業から被控訴人勝又への裏書が無権利者の偽造にかかるものである以上、大栄興業が同被控訴人に対して本件手形の返還請求権を有することも明らかである。しかるに、大栄興業は被控訴人勝又に対する右の返還請求権を行使しないので、控訴会社は本訴において大栄興業の有する右返還請求権を同会社に代位して行使する。この結果被控訴人らは本件手形の正当な所持人でないこととなり、この点からしても、控訴会社に対する本件手形金の請求は理由がないこととなつたわけである。
(四)、かりに前記裏書偽造の主張が理由なく、大栄興業から被控訴人勝又への本件手形の裏書譲渡がその権限のある者によつてなされたものと認め得るとしても、前記(一)で述べたように、大栄興業は本件各手形の白地補充権を取得しなかつたものである。白地手形の補充権は手形上の権利ではないから前者である大栄興業が有しなかつた補充権を後者である被控訴人が取得すべきいわれはない。手形法第一〇条は、ある範囲の補充権を有する者が、その有する補充権の範囲を超えて補充した場合に、かかる不当補充のなされた手形を重大な過失なくして善意で取得した第三者を保護することを目的とする規定であつて、未だ補充のなされない手形を取得した者が補充権の範囲につき重大な過失なくして善意であつたという場合には右法条の適用はなく、本件のように補充権がないのに不当に白地の補充をした被控訴人らに対しては、たとえ同人らが善意で、しかも重大な過失がなかつたとしても、控訴会社において不当補充の抗弁を対抗することができるものといわなければならない。
(五)、かりに、手形法第一〇条が未補充の手形を補充権の範囲につき善意でしかも重大な過失なくして取得したうえ補充した場合にもこれらの者を保護する趣旨であるとしても、被控訴人らはいずれも悪意または重大な過失のある取得者である。すなわち、被控訴人勝又はかねてから訴外日生興業株式会社に対して金融を与えていたが、昭和三一年暮頃同会社に対し担保を要求したところ、同会社の取締役大磯次郎は本件手形の完成前のものを被控訴人方に持参し「交換に廻してもらつては困る」手形である旨を断つてこれを同被控訴人に交付したものである。「交換に廻してもらつては困る」ということは、支払のための呈示をするべき手形でないこと、したがつてまた白地部分を補充して正式に支払を請求することのできる手形ではないという趣旨にほかならないから、被控訴人勝又はその事実を知つて本件手形の未完成のものを取得したものというべきである。また、被控訴人長尾は後記のように控訴人と被控訴人勝又間の和解契約の履行を頓挫せしめその直後頃被控訴人勝又から本件第二の手形の裏書譲渡を受けた者であつて、被控訴人長尾もまた前記補充権のないことにつき悪意または重大な過失があつたものというべきである。それゆえ、被控訴人らにおいてそれぞれその主張の日付を本件各手形の白地部分に補充しても、控訴人に対し有効に手形上の権利を取得せず、控訴人は各手形金の支払を拒み得る筋合である。
(六)、またかりに、本件白地手形の補充権授与が停止条件附でなく、被控訴人らに前記のような悪意または重大な過失がなかつたとしても、白地手形の補充権の消滅時効については商行為によつて生じた債権と同一に取り扱うのが妥当であるから、本件白地手形が日本チッカリンより大栄興業に交付された昭和二六年一一月中旬から五年後である昭和三一年一一月中旬の経過とともに前記補充権は時効によつて消滅したものである。すなわち、被控訴人らの前記各補充は補充権の消滅後になされたもので、無効である。
(七)、かりに右の抗弁も理由がないとしても、被控訴人勝又がまだ本件手形を二通とも所持していた当時、同被控訴人と日本チッカリンとの間において次に述るべように和解が成立し、本件各手形未完成上の権利は右被控訴人においてこれを有しないことに確定したものである。すなわち、昭和三二年四月八日本件第一の手形が交換所を通じて支払場所に呈示せられたが、昭和三二年二月五日を振出日とする右手形に振出人日本チッカリンの代表取締役として記名してある鈴木佐助は、右手形が事実上振り出された昭和二六年一一月頃には日本チッカリンの代表取締役であつたが、昭和二八年一〇月頃には右代表取締役を辞任し、しかも昭和三〇年一二月頃死亡していたところから、支払場所として表示されている株式会社協和銀行神田支店は「署名判および印鑑相違」の理由で支払を拒絶し、その旨を日本チッカリンに通知してきた。そこで、日本チッカリンで種々調査した結果、先に大栄興業に交付した前記見返り手形が返還されないままとなつていたこと、その手形の白地部分に不当補充がなされて支払のための呈示がなされた事情が判明したので、日本チッカリンの取締役であつた訴外小池広光が昭和三二年七月二二―三日頃被控訴人勝又を訪ね、前記の事情を説明して手形の返還を求めたところ、同被控訴人も右の事情を諒解し、金一〇万円の支払と引換に本件第一、第二の手形を日本チッカリンに返還することを約し、ここに右条項による和解契約が成立したのである。そこで、小池は同月二五日被控訴人勝又を訪ね、一〇万円の小切手を和解金支払のため提供し、かつ第一の手形の不渡処分を免れるため東京手形交換所に預託した保証金九〇万円の返還を受けるために必要な和解書に記名捺印を求めたところ、その場に被控訴人長尾が現われ、「和解金は手形一枚について一〇万円であり、二枚では二〇万円である。」と理不尽な申出をしたので、結局和解契約の履行はなされないまま今日に及んでいるのであるが、控訴会社としては、前記和解契約により、被控訴人勝又に対して金一〇万円の支払をなすべき義務はあるけれども、本件約束手形金の支払義務はないのである。
(八)なお、被控訴人長尾の本件第二手形の取得は、隠れた取立委任裏書による取得であつて、独立の経済的利益を有する権利者でないことは弁論の全趣旨によつて明らかである。したがつて、同被控訴人に控訴会社の前記各主張が理由がないとしても、右の点からして、同被控訴人は控訴会社が被控訴人勝又に対抗し得るすべての抗弁の対抗を甘受しなければならない立場にあるものである。
二、被控訴代理人は、控訴会社の前記各抗弁に対し次のように述べた。
(一)、控訴会社が当審において新たに主張した各抗弁は、いずれも原審において控訴会社が認識し、かつ、主張し得たはずのものであるから、控訴会社の故意または重大な過失によつて時機に後れて提出されたものとして却下せられるべきである。
(二)、かりに右の主張が認められないとしても、控訴会社の前記抗弁事実中、本件第一の手形が昭和三二年四月八日支払のため控訴会社主張のようにして呈示されたところ、支払担当銀行において控訴会社主張の理由により支払を拒絶しその旨日本チッカリンに通知したこと。右手形に同会社の代表取締役として記載されている鈴木佐助が控訴会社主張の各日時頃に右代表取締役を辞任し死亡したことは認めるが、その余の抗弁事実および法律上の見解はすべてこれを争う。
控訴会社は、当審において、大栄興業は停止条件不成就のため本件手形の白地補充権を取得するに至らなかつた旨主張しているが、原審においては、大栄興業が右白地補充権を授与された趣旨の主張をしていたものであるから、これをいわゆる先行自白として援用する。
かりに、控訴会社主張の理由により大栄興業が右白地補充権を取得するに至らなかつたとしても、控訴人らは重大な過失なくして白地部分を適宜補充し得べき権限を大栄興業において授与されているものと信じて未完成の本件手形を取得したものであるから、手形法第一〇条の趣旨により、被控訴人らのした本件手形の白地補充は有効とせらるべきである。白地手形の補充権は一種の形成権であるから、その消滅時効期間は二〇年と解すべく、したがつて被控訴人らのした本件手形の補充はいずれも時効完成前になされたものである。
本件手形債権につき、日本チッカリンと被控訴人勝又との間において和解の交渉がなされたことはあるけれども、右は不調に終わつたものである。
三、証拠関係<省略>
理由
一、日本チッカリンが大栄興業に宛て、被控訴人ら主張の本件第一、第二の約束手形(但し、いずれも振出日および満期日の点を除く。)を振り出し交付したことおよび日本チッカリンが昭和三二年一一月二八日控訴会社と合併したことは当事者間に争いがない。
そして、(証拠)を総合すれば、
(一)、日本チッカリンは、昭和二六年六月頃から、金融逼迫のため、大栄興業との間で数回にわたり、相互に約束手形(融通手形)を振り出してこれを交換し、日本チッカカリンにおいては大栄興業振出にかかる約束手形の割引を受けて金融を得、その満期日までに手形金を大栄興業に交付して決済させていたこと、
(二)、右のようにして交換した約束手形は、双方においてそれぞれ割引融資に使用し得るわけであるが、一方の側においてのみ割引による金融が得られその手形を決済せしめたときは、他の側では手許に残つている約束手形を返還すべき趣旨のものであつたところ、事実上は、大栄興業は日本チッカリン振出の約束手形で金融を得たことはなく、自己振出の手形を前記のようにして決済した後、日本チッカリン振出の手形を同会社に返還していたこと。
(三)、本件第一、第二の手形も、前記のような趣旨で昭和二六年一一月中旬頃日本チッカリンが大栄興業から金額各九〇万万円振出日および満期日白地の約束手形二通の振出交付を受けるとともに、金額を同一にし、振出日および満期日を白地にして、大栄興業に宛てて振り出し交付したものであり、日本チッカリンは大栄興業の振出にかかる右各手形の割引により金融を得たが、同年一二月下旬右各手形の満期日の直前に金額合計一八〇万円の小切手四通を大栄興業に交付し手形金の支払をなさしめたこと、したがつて、本件各手形は当時大栄興業から日本チッカリンに返還せられるべきであつたが、日本チッカリンにおいて経理部責任者の更迭があつたりして、右手形の返還を受けることを怠り、同手形は大栄興業に保管されたままになつていたことが認められ、次に(証拠)を総合すれば、
(四)、大栄興業の社員訴外大磯次郎は、昭和三一年暮頃同会社代表取締役星光に代つて、同会社に保管中であつた本件第一第二の未完成の約束手形を白地式裏書により被控訴人勝又岩男に譲渡し、さらに同被控訴人は第二の手形を昭和三二年二―三月頃白地式裏書により被控訴人長尾高義に譲渡したこと
(四)、被控訴人勝又は、同年四月七日頃第一の手形につき白地であつた振出日および満期日をそれぞれ同年二月五日同年四月八日と補充し、また、被控訴人長尾は同年七月末頃第二の手形につき振出日同年二月五日満期日同年七月三一日と白地部分の補充をし、それぞれ株式会社第一銀行に取立委任のため裏書し、同銀行において、呈示期間内に支払のための呈示をしたが、いずれも支払を拒絶せられたこと、
が認められる。
二、そこで控訴会社主張の各抗弁について判断する。
(一)、被控訴人らは、控訴会社が当審で追加した各抗弁は時機に後れて主張せられ訴訟の完結を遅延せしめるものであるから却下せらるべきであると主張するけれども、右抗弁主張の後被控訴人側でも証拠調を申請しそれが施行されたこと等訴訟の全経過に鑑みれば、控訴会社の抗弁追加主張が訴訟の完結を遅延せしめるべきものであつたともいえないので、被控訴人らの右主張は採用しない。
(二)、裏書偽造の抗弁について
(証拠)および弁論の全趣旨を総合すれば、大栄興業は訴外星光が代表取締役となつていたが、同人は老齢のためその息子の星登が昭和二五―六年頃まで右光のため同人の事務を代掌し、その後は大磯次郎が実権を委され右光に代わつて事実上、同会社の事務の運営に当たつていたもので、大磯が前記星光に代わり未完成の本件手形二通を被控訴人勝又に対し白地式裏書により譲渡した当時においても前記事務運営の状態に変わりがなかつたことが認められる。してみれば、大磯は本件手形を大栄興業より被控訴人勝又に譲渡するにつき、大栄興業の代表取締役たる星光の記名押印を代行する権限をも与えられていたものと認めるのが相当であるから、右の裏書が大磯の偽造にかかるものであることを前提とする控訴会社の(二)(三)の主張は採用できない。
(三)、白地部分不当補充の抗弁について
控訴会社は、本件各手形における白地部分の補充権は日本チッカリンにおいて大栄興業振出にかかる白地手形により金融を得た後右手形を決済せしむべき義務を履行しないという事態の発生を停止条件として、大栄興業に授与されたもので、右の義務が履行された以上大栄興業はついに右補充権を取得するに至らなかつたものである旨主張する。この点につき、被控訴人らは、右は本件手形の振出と同時に白地補充権が授与されたとの趣旨の原審における控訴会社の主張を撤回するものであり、右原審における主張を先行自白として援用する旨主張するものであるが、右の点に関する控訴会社の原審における主張は必ずしも明確なものでなく、また表現の適切でない部分もみられるけれども、その全体の趣旨においては当審における主張とほぼ同一に帰するものと解せられる。しかしながら、本件各手形の振出が前記認定の事情と趣旨のもとになされたものである以上、本件各手形の振出交付と同時に、大栄興業はみずからもその当時これを他で割引いてもらうため白地部分を適宜に補充し得べき権限を取得したものであり、ただ本件手形が割引をなし得ずして大栄興業の手中にある間に、控訴会社において大栄興業振出の前記白地手形により割引金融を得その手形の決済をなさしめたことにより、爾後大栄興業は本件各手形について白地部分の補充をなし得ないこととなり、その意味において右両者間においては、右白地補充権は消滅したものというべきである。けれども、このことは、その後になされた白地の補充につき、控訴会社において何人に対する関係においても常にその無効を主張し得べきものとするわけでないことは勿論であつて、第三者が重大な過失なくして右白地補充権ありと信じて本件各手形を取得した場合には、手形法第一〇条の法意により、控訴会社において、前記事情に基いて右第三者の補充の無効を主張することはできないものといわねばならない(最高裁判所昭和三三年(オ)第八四三号、昭和三六年一一月二四日言渡判決参照)。控訴会社は、被控訴人勝又は大栄興業に白地補充の権限がないことを知りながら大磯次郎より本件各手形の交付を受けたものであり、また、被控訴人長尾もまた右の点につき悪意であつたかもしくは善意であつたとしても重大な過失があつたから、控訴会社において、同人らに対し不当補充の抗弁を対抗し得る旨主張する。そして、(中略)の各証言中には、大磯は控訴会社主張のように「交換にまわしてもらつては困る」と断つて本件各手形を被控訴人勝又に交付したもので、同被控訴人も後に右小池に対しそのことを認めていたとの趣旨の部分があるけれども、(中略)右はにわかに措信できないところであり、他に被控訴人らの悪意または重大な過失を肯認するに適切な資料はない。
(四)、時効による補充権消滅の抗弁について
本件各手形と交換に大栄興業が日本チッカリンに宛てて振り出した各手形につき決済がなされ、爾後大栄興業としては本件各手形の白地部分の補充をなし得ざるに至つたことは前記のとおりであるが、このことは本件各手形につき白地補充権の時効による消滅を認定することの妨げとはならないと解すべきである。けだし、前者の関係は重大な過失なくして善意で本件各手形を取得した第三者に対抗し得ないものであるのに反し、後者の関係は、このような制約なしに、すべての第三者に対抗し得べきものだからである。
そこで、白地補充権の消滅時効の期間について考えてみるのに、白地手形の補充権は、白地手形における手形要件の欠缺を補充し手形として完成せしめる権利であり、一種の形成権に属するするものであることは被控訴人主張のとおりである。しかしながら、白地手形は、白地補充を条件とする手形上の権利を表彰するものとして流通におかれ、補充権は白地手形に附着して当然に白地手形の移転に随伴するものであり、補充権の行使があれば、白地手形は手形として完成し、手形債権を生ずることになるものであることおよび手形法第七〇条第七七条が手形上の請求権につき短期時効を規定した趣旨にかんがみれば、補充権の消滅時効期間につき民法第一六七条第二項の規定を適用するのは妥当でなく、むしろ補充権授与の行為は商法第五〇一条第四号所定の「手形に関する行為」に準ずるものと解し、補充権の消滅時効については、商行為によつて生じた債権に関する同法第五二二条の規定を準用して五年の短期時効にかかるべきものと解するのが相当である(前記最高裁判所判決参照)。そうだとすれば、前記一において認定した事実関係のもとにおいては、本件各手形の白地補充権は、振出交付の時より直ちに行使し得たものというべきであるから、日本チッカリンが大栄興業に対し同手形を振り出し交付した昭和二六年一一月中頃より五年を経過した昭和三一年一一月中旬頃に時効によつて消滅したものというべく、被控訴人らがそれぞれ白地を補充して本件各手形の支払のための呈示に及んだのは昭和三二年四月以降であることは前に認定したとおりであるから、被控訴人らは右白地補充により日本チッカリン(控訴会社)に対し本件各手形上の権利を取得することができなかつたものと判断せざるを得ない。
三、以上の次第であるから、前記白地補充により有効に本件各手形上の権利を取得したことを前提とする被控訴人らの本訴請求は、爾余の争点について判断するまでもなくこれを失当として棄却すべく、これと趣を異にする原判決は民事訴訟法第三八六条によりこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第条第八九条第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第一三民事部
裁判長裁判官 原 増 司
裁判官 山 下 朝 一
裁判官 多 田 貞 治